道具と人間

そういえばイチローが道具を変えない理由を”人間が道具に合わせる必要がある。道具のせいにしないために道具を変えない”なんていっていたけど。職人になると”道具を選ぶ”んじゃなくて”道具に合わせる”んだなぁ〜と深く感心した。今後はラケットのせいにするのはよそう。確かに、自分探しと同じで無限の組み合わせがあるので、探しているだけ無駄だ。フィーリング重視で道具を決めて後は人間が道具に合わせるべきなんだろうね。
今のプログラム環境の大きな流れは、プログラムやその補助(IDE)プログラムが人間にとって便利なようにするようところにあるようだけど、なんか便利にするところに間違いがあるような気がする。やっぱり言語に人間があわせるべきなのだと思う。コンピュータに人間があわせるべきなのだと思う。そして便利にすべきところはIDEなどが用意してくれる入力のしやすさや補完機能、自動修正機能ではなく、プログラムのモジュール化、ブロック化に心血を注いでいくべきなのだと思う。
Lisp はそういう意味で人間がへりくだって Lisp の構文に従うところが非常に気に入っている。謙虚なプログラマだけがメタ的な次のステップに進める。