田植え

昨日は某A市の田植えのイベントに行ってきた。そして、実際に田植えを子供達とした。さすがに5歳の子は出来ない。40分ほどの超お手軽田植えでこれでいいのか?という気もするがとにかく田植えが大変なのはわかった。この短い時間でも腰が痛くなる。
田植えでは3〜5本の苗を30cm間隔で植えるといいらしい。あまり密度を濃くしすぎると風通しだの栄養だのの問題で収穫が減るらしい。たぶん、栄養の問題が一番大きいだろう。基本的に植物とは何かというと土の中の成分を集約してくれるシステムで、土の中の成分自体は有限だ。だから、その成分をいかにうまく集約させて結実させるかというのが一番の問題になるわけだ。雑草があればそれに栄養を取られるし、不必要に苗を植えると栄養が分散して発育不全になる。その土地の成分と肥料のあげ方を調整し、、、って机上と実際ではえらく違うだろうな。農学の知識が皆無かつ実作業経験もないので口だけ。
この「3〜5本の苗を30cm間隔」というのが当時の常識(150年ほど前)ではなかったらしく、そういった知識が徐々に広がりだしたのが150年ほど前らしい。そして、彼の地にそれを伝えた文武両道の士がいた。某A市ではそれを「先生、先生」とまつりあげているのだが、、、その記念館の人曰く「先生が江戸にいった途端に土地は衰退していった」とのこと。どういうことだろうか?
その説明員は士を「先生、先生」とまつりあげ「先生が設計した当時の区画がそのまま残っている」と説明してくれた。私はそれが「衰退」の原因だと考える。そこには「先生」を頼る一方で自立して解決しよう自分達で考えようという姿勢が感じられない。少なくとも私には感じられなかった。先生がいなくなった途端に「先生はこういっていた」「先生はあーもいっていた」「先生のしかたはちがうぞ」とかいう話になったに違いない。
記念館などがたてられるということは「先生」を超えるあるいは対等に話せる人がでなかったことの証拠としか思えない。恐らく、この時代にそういった見聞を広めた人は各地にたくさんいたのに違いない。そして正しい広まり方は、その広めた人が one of them であり歴史として残らないただの人であるべきなのだ。みんなの知識になれば個人が歴史に残ることはないしそれが効率的な知識の広がり方だ。多くの地ではその知識が各農家の知識となる一方でその事実は歴史に埋没していった。彼の地では歴史に残ったが知識とはならなかった。
だから某A市が本当にこれを祭り上げつづけるのであれば(どれくらいの比重かはわからないが)先は暗いなと思わざるを得ない。150年もこれを超える人は出なかった事実と現状を見るとその将来も出ないかもしれないという予感がするのである。