深夜の流星

1:30 くらいに3たびチャレンジ。すると2等くらいの流星を2つ見ることができた。これなら、がんばればいくつか見れるかな?と思い子供(小学校3年生)を起こそうとしたが、まったく起きず。うちの奥さんがなんだかしらんが、SNS をやっていて起きていたので、二人で4度目のチャレンジ。するとペルセウス座を天頂から東に走る-3等ほどの流星が!!

輻射点を確認すると確かにペルセウスだったらしい。恐らく爆発もしたのでしょう。相当明るかった。(流星の光度って爆発したもの?)私がよそ見をしている間にもう一つ流れた(らしい)。帰り際に天頂付近でも流れた(らしい)。

久しぶりにペルセウス座流星群をみることができ、感慨深いものがあった。

実はその前日に子供と固定撮影をしに近所の千葉寺へいった。レリーズと黒い紙とカメラと三脚。懐かしい。「藤井明の天体写真入門」という本を開くと 1977 年となっていた。小学校6年のときだ。

琴座の写真を固定撮影で取ったのが小学校5,6年のころだ。近所の公園に一人で撮りに行ったのを覚えている。

いまでも星を見るとどきどきする。つい時間を忘れてしまう。私は写真派ではないし、観測派でもなく、なんかしらんが星を見ている派なのだが、つい時間を忘れて双眼鏡でいろんなところをみてしまう。星を見てはいるが、その向こうの宇宙に思いをはせて、その別世界のことを想像しているうちに時間が過ぎていく。

星座の形は変わらない(う〜ん。バーナード星)。星への思いは変わらない。しかし、時間は過ぎ去っていく。いまや、小学校3年の子供が私がたどった時代を駆け上がろうとしている。その時間の流れが対照的だ。一方では止まったように恒とした時間。一方では日々成長する子供とともにすごす時間。すごい勢いで過ぎ去っていくのか、それとも止まっているのか?