無能の管理職はルールを作る そしてはんこを押す

以前も書いたかもしれないが、大昔の話だ。とある、事務所の作業場で、多くの外注が出入りする部屋があった。私もそこで作業する一人だったのだが、ある日から、最終退出者は電気を消して、日時と名前を書くという「ルール」が出来た。なにをしたいのか、最初はまったくわからなかったのだが、どうやら、電気の消し忘れで、一晩中電気をつけっぱなしだったことがあったらしいのだ。その”事件”が頻繁にあったのかどうか知らないが、かくして、ほとんどの人、ほとんどのケースで消し忘れはなかったにもかかわらず、そのようなルールが出来上がった。

無能の管理職はルールを作る

恐らく、「これは由々しき問題だ。ルールを作ろう。」という事になったのだろう。電気の消し忘れを「由々しき問題だ」と感じる心には同感できても、即、「ルールを作ろう」には納得がいかない。まずは、問題事項の周知が先ではなかろうか?

人間というものは100%の完成度の仕事は出来ない。神様ではないのだから、ちょっとしたミスは起こるものである。「ミスは起こるもの」という観点からアプローチをするべきなのである。しかし、往々にして、「ミスは起こってはならないもの」という解決策をとろうとする。それでは、がちがちにルールを作らなくてはならなくなる。

何のために、何をするのか?この手の問題では、まず、基本的なことではあるが、参加者に当事者意識を持たせて、モラルをアップしていくことが肝要なのだと思う。モラルアップをうたわずに、ルールだけ作っても、形骸化するだけであろう。

こんなこともあった。私の提案で、会議があれば、必ず議事録を取ろうということになった。当たり前のことだと思っていたのだが、残念なことに、世の中には、そういうことが当たり前でない世界もある。この場合、仕方がないので、モラルアップをはかるべく、口すっぱく、なにかことがあれば、記録することが大事ということを言っていかなくてはならない。

無能の管理職はルールを作る そしてはんこを押す

さて、議事録。ある日、突然、その議事録を読み終わったら、はんこを押すという、ルールが出来た。このルール、二つの側面がある。1つは議事録をみんなで確認しあい、より精度の高い議事録が作れるという側面。もう一つは、意味のないルール。

いかにも無能な管理職が満足しそうなルールである。

残念なことに、ルールを作っただけでは品質は上がらない。また、何のために、何の品質をあげるのか、目的をかなり明確にしないと意味のない作業をしてしまう。各自は、何に対して、はんこを押しているのか明確ではないまま、はんこをおし続けることになるだろう。これは、きっと、形骸化する。

心がなければ、何もならない。ルールにより、正確な議事録を作る方向に行くかもしれないが、より品質の高い製品を作ることや、より高いサービスを作ることにはなかなかつながらないだろうなと思わざるを得ない。