思考停止

大きな会社だと、仕事をしなくとも会社が回ったりする。仕事をしない人がいると、周りの人が迷惑をこうむったりする。迷惑をこうむった人は、愚痴を言う。「Tさんはまったく仕事をしない。こっちに仕事が回ってくるのでたまらない!!Tさんが玉に仕事をしたと思ったら、余計なことしてくれるし、、、」。さて、それを聞いた上司は「愚痴を口にだして発散することはいいことだ。ストレスはためないほうがよい」

この話を聞いたとき、私はある種の違和感を感じた。はじめは、何が私の心に引っかかるのかわからなかったが、よくよく考えてみると、おかしな常識がそこにあることに気がついた。

ここに「Tさんが働かないという”問題”」があるわけだ。その解決をしないで、「ストレス発散はよいことだ」という結論に達している。しかも、問題を解決しなければならない立場の上司がだ。なんで、こんな馬鹿げた結論になるのだろう?

そこには、ここでは当てはまることのない”常識”を無理やり当てはめているという妙な構図がある。この裏には思考停止状態が見え隠れする。「ストレスをためないように、愚痴を言う」というは一見正論にも聞こえる。ある場面ではそれは確かに正しいだろう。家に帰って家族に愚痴を言うのも健康を保つためによいことかもしれない。しかし、問題を解決すべき立場の人が、問題を解決せずに、客観的に、妙な”常識”を持ち出して、悦に入っている姿を想像するにつけて、そこにある、思考停止という状態に一種のやるせなさを感じてしまう。

”家族”と来たら”団欒”、”コンサート”は”熱気むんむん”という一種の考えなしの言葉あわせをそこに感じる。この場合は、”愚痴”を聞いて、”ストレス発散”という言葉を思い浮かべたのだろう。ただ、それだけに過ぎない。そこには、人間らしい、思考というものが感じられない。

暑ければ冷房、寒ければ暖房、という単純思考も困ったものだ。もっと、考えて、エアコンを使いたいものだ。地球の温暖化を考え、世界の貧しい人のことを考え、使うときには申し訳ないと思いながら使ってもらいたい。(ごめんなさい。結局使っているんだよね)

洗った食器は何で拭きますか?紙で拭きますか?その行為はもったいなくありませんか?社内のコーヒーは紙コップですか?毎日飲むならマグカップを使って毎日洗ったほうがいいのではないですか?細かいことだが、会社の方針として、社会に対して、地球に対してどう考えているかを示す必要がある。単純に紙コップを用意してしまえば、社員が考える機会を失わせてしまうだろう。

身銭を切って考える。という事を習慣にしたいし、社員に対してもその精神を伝えたい。

そういう意味で、「はてな」のロッカーとシンプルな机はかなりいい線いっている気がする。会社には、机、引き出しが必要、というくだらない常識を持ち込まなかった点が素晴らしい。実はうちの会社も、引き出しは必要ないだろうという結論に達している。また、アメリカ風のパーティションというのも必要ない。もっとオープンにすべきなのだ。

パーティションを作ったうえで、「社員間のコミュニケーションが足りない」なんてのはナンセンスだな。と思う今日この頃。

ついでに書くと、図書館で、今日は暑いからクーラを強くしてくれ、というのはあまりに単純。その日は、本を読んじゃいけない日だったのだ。あきらめて、休日にでもすればよいし、もし、どうしても本を読まなければならないのなら、暑いとか寒いとかは関係ないでしょ。

地球に優しくいこうよ。カンバックサーモン。